もう5年、まだ5年

 英語は苦手だ。なのに映像翻訳という仕事をしている。そしてデビューしてから今年で5年目に突入した。この仕事を目指した理由のひとつは、洋画を見るのが好きだったから。しかし世の中には週に何本も、いや毎日のように映像作品を観ているツワモノはいくらでもいるし、映像翻訳学校の同期にも洋画邦画、多ジャンルにわたる作品をみてFacebookで紹介文をバンバン書いている方もいる。そういう方々に比べれば、私なんぞ映画好きには入らないとつくづく思う。そして、もう一つの理由が「日本語をリライトすることが好きだった」からだ。ピンと来ない方もいるかもしれないが広告の仕事(私の前職)をしていると、クライアントが用意した資料や原稿を広告上の文字数やコンセプトに合わせて文章をリライトする能力が求められることがある。私はあらゆる業務の中で、このリライト作業が最も得意で好きだった。その究極版と言えるのが「日本語字幕を作る映像翻訳だ」と思ったのだ。

 

 映像翻訳業の皆様には退屈なお話だが、知らない方のために説明すると、例えば、英語ネイティブがよく口にする

 

I'm proud of you「私はあなたを誇りに思う(11文字)」

 

これを発話する秒数はどんなにゆっくりでも1秒ちょっと、早口な人だと1秒を切る。つまり字幕にすると、使える文字数は4文字程度かそれ以下だ。頑張って縮めて「君を誇りに思う(7文字)」としても倍近い文字数を食う。なので、使われるシーンや人間関係に合わせて表現を変える。目上から目下の人に対してなら「よくやった」「えらいぞ」だったり、友達や恋人同士なら「すごいね」「さすが」「やったな」、ライバル同士なら「降参だ」かもしれない。これを翻訳の世界では「意訳」と言うのだが、このリライト作業がとても楽しそうに思えたのだ。もちろん、実際にやってみると想像以上に奥深いものがあり簡単にリライト作業で片付けられない翻訳の世界に溺れることになる。

 

 デビュー1年目、2年目は苦手な英語の解釈と調べ物に四苦八苦し、リライト作業に時間をかけることはまったくできなかった。毎回、泣きが入るほど苦しかった。3年目、情報番組の年間レギュラーの案件にありつけた。とてもありがたかったし、全力で取り組んだつもりだが、それでも苦しさは一向に変わらなかった。いつもギリギリでどうにかこうにか納品の繰り返し。職業選択を誤ったかと思い詰めてさえいた。ところがレギュラーだった番組の翻訳がその年いっぱいで打ち切りとなり、4年目の年明け。3カ月間、仕事がはたと途切れた。春になり、久しぶりにいただいたのは歴史物と軍事物のドキュメンタリー。重めの内容で調べ物も膨大で、悶絶級に苦しかった。

でも、なんと、

 

楽しかった。

 

 一度途切れ、3カ月ぶりに取り組んだ映像翻訳の仕事は私の気持ちに変化をもたらした。まさにターニングポイント。今思えば、3年目に1年間取り組んだレギュラーのお仕事、1人で30分番組全編を隔週で訳し上げる作業が、仕事における筋力アップに一役買ってくれていたのかもしれないと思う。それ以来、仕事は苦しいけれど楽しいものになった。大好きな、大好きなリライト作業にも少しは時間を割けるようになったと感じる。そんな感覚で5年目を迎えている。話にオチがなく申し訳ない。今後は映像翻訳をしていて見つけた小さな気づきも、少しずつブログに書き留めていきたいと思う今日この頃なのである。

 

                                                       令和2年5月21日

 

読んでいただきありがとうございました。